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東京地方裁判所 昭和32年(行)24号 判決 1960年9月07日

原告 高橋元良

被告 東京都知事

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「被告が別紙物件目録記載の土地につき、自作農創設特別措置法第三条第一項に基いて昭和三二年八月一二日付買収令書によつて買収期日を昭和二二年一二月二日としてした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は原告の所有であるところ、昭和二四年一二月一日、被告は本件土地につき自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条第一項に基き買収期日を昭和二二年一二月二日と定めて買収令書の交付に代る公告をして買収処分をしたが、被告はさらに昭和三二年八月一二日、原告に対し、買収期日を同じく昭和二二年一二月二日とする買収令書を交付して本件土地の買収処分(以下本件買収処分という。)をするとともに前記公告にもとずく買収処分を黙示的に取り消した。

二  本件買収処分は次のような理由によつて無効である。

(一)  本件買収処分は、その前提たる買収計画が樹立されていない。

(二)  仮りに世田谷区玉川地区農地委員会によつて買収計画が樹立されたとしても、右買収計画には次のようなかしがあり、そのかしは重大かつ明白であるから無効であつて、これに基いてなされた本件買収処分も亦無効である。

(1)  自創法第六条第五項に基く公告縦覧の手続を経ていない。

(2)  買収計画の樹立は買収令書に記載された買収期日後の昭和二二年一二月二五日になされている。

(3)  自創法第八条に基く東京都農地委員会の承認を受けていない。

(4)  仮りに東京都農地委員会の承認があつたとしても、それは世田谷区玉川地区農地委員会が原告の買収計画に対する異議申立を棄却した決定につき原告が東京都農地委員会に対して提起した訴願の裁決がある前になされている。

三  仮りに買収計画が有効に樹立されたとしても、本件買収処分は右買収計画に基いてなされたものではない。すなわち、本件買収令書(甲第一号証の一、二)の番号は(8)世玉三四〇一号となつているが、昭和三二年一〇月三〇日に議決された不在地主関係の買収計画は七〇名の不在地主に対するものであるから、三四〇一号という番号がつく筈はなく、要するに本件買収処分は右買収計画に基いてなされたものでないことが明らかである。

四  仮りに買収計画が本件買収処分の前提として有効に樹立されたとしても、本件土地は右買収計画樹立当時現況宅地であつて、自創法第三条第一項の現況農地ではなかつた。そうでないとしても当時自創法第五条第五号もしくは農地法第七条第一項第三号にいう近く土地使用の目的を変更することを相当とする土地であつた。すなわち、本件土地は宅地の造成を目的とする耕地整理施行区域内に存在し、玉川電鉄瀬田停留所から約五〇米の地点にあり、附近一帯は街道(舖装道路)によつて住宅街として整然と区画されているのみならず、本件土地の前面(南側)は幅員六間の舖装道路を隔てて瀬田小学校及び瀬田中学校に面し、本件土地の中央部には三間の道路が南北に通じて右六間道路と交叉し、本件土地は右六間道路面より約六尺高位の角地を占め、そのコンクリート測溝は住宅街又は店舖街向に設置され、周囲には建物が密集していたのであつて、東京都農地委員会も本件土地の隣接地(分筆前の別紙物件目録(二)と同番地の土地と同筆内にあつたもの)を自創法第五条第五号に該当するものと認めたが、本件土地もこれと全く事情を等しくしているし、本件土地の北側の住宅地を除く三方は昭和二二年当時から自創法第五条第四号に指定されている。なお被告が本件土地を小面積に細分して売渡処分をしたのは被告が本件土地を農地としてではなく宅地として売り渡したことを示すものに外ならない。以上の状況からして本件土地が宅地であり、少くとも近い将来宅地として使用することを相当とする土地であつたことは明らかであるから、被告が自創法第三条第一項に基いてした本件買収処分は重大かつ明白なかしがある。

被告代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁及び被告の主張として次のとおり述べた。

一  請求原因一記載の事実は本件土地が現在原告の所有であることを除いて(本件土地がもと原告の所有であつたことは認める。)認める。同二記載の事実のうち原告が世田谷区玉川地区農地委員会に対して本件土地の買収計画につき異議申立をしたところ、同委員会が右申立を棄却する旨の決定したので、原告がさらに東京都農地委員会に対して訴願を提起し、同委員会は昭和二四年八月二三日に一部認容の裁決をしたこと、本件土地が耕地整理施行区域内の土地であつて、その前面(南側)は幅員六間の舖装道路を隔てて瀬田小学校及び瀬田中学校に面し、その中央部には三間の道路が南北に通じて右六間道路と交叉し、本件土地は右六間道路に面する角地を占めていたこと、東京都農地委員会が本件土地の隣地につき自創法第五条第五号に該当するものと認めたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二  本件買収処分に原告の主張するような違法はない。

(一)  世田谷区玉川地区農地委員会は、昭和二二年一〇月二三日、当時原告が所有としていた本件土地を含む二筆の土地につき買収の時期を昭和二二年一二月二日として買収計画を樹立し、同年一一月二日、同委員会は右買収計画を定めたことを公告し、同月三日から同月一二日まで右書類を世田谷区役所玉川支所において縦覧に供し、東京都農地委員会は、その頃、玉川地区農地委員会の申請に基き右買収計画を承認した。仮りに同委員会が明示の承認をしなかつたとしても、同委員会が原告の訴願につき昭和二四年八月二三日、買収計画の一部を認容する旨の裁決をした際に黙示的にこれを承認した。

(二)  本件土地は、昭和二一、二二年頃にはその周辺に殆んど家屋が存在せず、相当離れたところに農家が点在するのみであつたのであり、玉川電鉄瀬田停留所から比較的近い場所にあるとはいえ、当時の状況では近い将来において使用目的を宅地に変更することが予想されるようなことはなかつた。東京都農地委員会が買収計画に含まれていた土地の一部で本件土地の隣地につき自創法第五条第五号に該当するものと認めたのはむしろ事実を歪曲したものであつて、事実は右土地は本件土地と同じく近く土地使用目的を変更することを相当とする農地とは到底認められなかつた。なお自創法第五条第四号に基く指定区域から除外されていたのは本件土地ばかりでなく、周囲の土地も含まれていた。

(三)  本件土地の現況が買収計画樹立当時から本件買収処分にいたるまでに変つているとしても、右現況の変更は本件買収処分の効力になんら影響を及ぼすものではない。

(証拠省略)

理由

一  昭和三二年八月一二日、被告が原告に対し、別紙物件目録記載の土地(本件土地)につき買収期日を昭和二二年一二月二日として自創法第三条第一項に基いて買収する旨の買収令書を交付して本件土地の買収処分(本件買収処分)をしたことは当事者間に争がない。

二  そこで本件買収処分に原告の主張するような無効原因があるかどうかについて次に順次判断する。

(一)  原告が請求原因二(一)、(二)(1)(2)、(三)において主張する本件買収処分の無効原因について。

証人真木不二三、同町田四郎の各証言と成立に争のない乙第一ないし第三号証、第五、第六号証、第七号証の一、第八号証、右証人の証言によつて真正な成立を認めうる乙第七号証の二を総合すると、世田谷区玉川地区農地委員会は、昭和二二年一〇月二三日(乙第一号証の異議決定書に買収計画を定めた日として昭和二二年一二月二五日とあるのは昭和二二年一〇月二三日の誤記と認める。)に開催せられた第一六回の委員会において、本件土地を含む合計一二〇筆、九町三反三畝一二歩(原告の所有地は別紙物件目録(一)記載の土地と分筆前の別紙物件目録(二)と同番地の土地畑二反三畝一七歩)について自創法第三条第一項に基く買収処分をする旨の買収計画案を議決してここに買収計画を樹立し、さらに昭和二二年一〇月三〇日の第一七回同委員会において、自創法第六条第五項に基き右買収計画を定めた旨を昭和二二年一一月二日に公告し、その翌日から一〇日間買収計画書を世田谷区役所玉川支所内で縦覧に供する旨議決し、右議決のとおり公告及び縦覧の手続が行われたこと、原告は右買収計画に対して玉川地区農地委員会に対して異議の申立をしたが、これが棄却されるや昭和二三年二月六日、東京都農地委員会に対して訴願を提起したこと、東京都農地委員会は、昭和二四年八月二三日、分筆前の別紙物件目録(二)と同番地の土地畑二反三畝一七歩の中東側五畝歩は自創法第五条第五号に該当するものと認めて買収計画より右部分を除外する旨の裁決をなし(この点については当事者間に争がない。)、玉川地区農地委員会は右裁決の趣旨に従つて買収計画書を原告関係では本件土地についてのみ買収するように訂正したこと、被告は右買収計画に基いて本件買収処分をしたことを認めることができる。原告は、本件買収令書(甲第一号証の一、二、乙第八号証)に付せられた番号(8)世玉三四〇一号からして本件買収処分が前記買収計画に基いてなされたものでないことが明らかであると主張するが、買収令書に付せられる番号は特定の時期に樹立された買収計画において買収の相手方とされた者の人数に必らずしも対応するものではないから、本件買収令書に記載された番号が昭和二二年一〇月二三日に世田谷区玉川地区農地委員会が樹立した前記買収計画において買収の相手方とされた不在地主(七〇名)の数と対応しないからといつて本件買収処分は右買収計画に基いてなされたものではないということはできない。その他に前記認定を左右するに足る証拠はない。したがつて、原告が請求の原因二(一)、(二)(1)(2)、(三)において主張する本件買収処分の無効原因はいずれも理由がないものというべきである。

(二)  原告が請求原因二(二)(3)(4)において主張する無効原因について。

証人町田四郎の証言によると、世田谷区玉川地区農地委員会は、前記認定のとおり本件土地を含む不在地主の小作地について買収計画を樹立した後、東京都農地委員会に対し、右買収計画につき承認を申請し、東京都農地委員会はこれを承認したことが認められる。しかし、右承認が同委員会が原告の本件買収計画に関する訴願につき裁決をした昭和二四年八月二三日以後になされたことについてはこれを肯定するに足る証拠はなく、かえつて証人町田四郎の証言によれば、右訴願裁決の前になされたことをうかがうことができる。しからば右東京都農地委員会の承認は自創法第八条の規定に違背するので違法といわなければならないが、右かしは買収処分そのものを無効ならしめる程重大であると解せられない。(なお東京都農地委員会の承認は、右訴願裁決により自創法第五条第五号に該当するものと認められた部分をも含めての買収計画に関するものであつたが、右裁決によつて買収計画のうち右部分に関しては承認を黙示的に取り消したものと解する。)したがつて、原告が請求原因二(二)(3)(4)において主張する本件買収処分の無効原因も亦理由がないものというべきである。

(三)  原告が請求原因四において主張する無効原因について。

東京都農地委員会が原告の訴願につき裁決をするに際し、分筆前の別紙物件目録(二)記載と同番地の土地畑二反三畝一七歩のうち東側一五〇坪について自創法第五条第五号に該当する旨認定したことは当事者間に争がなく、証人木村靖二、同真木不二三の各証言によると、本件土地は東京都農地委員会が自創法第五条第五号に該当するものと認めた右一五〇坪の土地と客観的状況を全く等しくしていたことを認めることができるし、又成立に争のない乙第四号証及び証人木村靖二の証言によると本件土地の北側を除く三方の地域は自創法第五条第四号に基く東京都知事の指定がなされていたことを認めることができる。しかし、証人木村靖二の証言によれば、本件土地は東京都農地委員会が訴願裁決のため本件土地の現況を調査した当時現に耕作に供せられていた農地であつたことが認められるのみならず、本件土地附近一帯は一団の農地を構成し、附近には家屋もまばらに存在するのみであつたこと、東京都農地委員会が前記一五〇坪の土地を自創法第五条第五号に該当するものと認めてこれを買収計画より除外したのは原告が右土地上にその弟のために家屋を建築したいという強い希望を持つていたのでとくに右の希望を容れるための一つの手段として自創法第五条第五号に該当する旨の認定をしたものであること、本件土地附近が自創法第五条第四号の指定区域から除外されていたのは、本件土地附近一帯が前述のとおり一団の農地となつていたので右指定をするのが不相当と認められたためであることなどを認めることができるのであつて、結局本件土地の客観的条件からみて前記買収期日当時将来宅地化する可能性が全然なかつたとはいえないとしても「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」とは直ちに認めがたかつたものというべきである。本件土地は玉川電鉄瀬田停留所から比較的近い場所にあつて耕地整理施行区域内に存在し、その南側は幅員六間の舖装道路を隔てて瀬田小学校及び瀬田中学校に面し、その中央部には三間の道路が南北に通じて右六間の道路と交叉し、本件土地は右六間道路に面する角地を占めていた等の事実は当事者間に争がないけれども、右の事実はまだ本件土地が自創法第五条第五号に該当する農地ではなかつたという前記認定を左右するものではない。しからば原告が請求原因四において主張する本件買収処分の無効原因も亦理由のないことが明らかである。

三  以上のとおりであるから、本件買収処分には原告の主張するような無効原因は存在しないので本件買収処分の無効確認を求める本訴請求は理由がないものというべく、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

(別紙物件目録省略)

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